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169 とっておきの技

Author: 栗栖蛍
last update Last Updated: 2025-11-05 07:37:05

目の前で斬られた父の鮮血を浴びた時、ラルはその状況をすぐに理解することができなかった。

べったりと頬に貼りついた生温い感触を拭い取り、真っ赤に染まった手に『冗談だろう?』という疑問が沸く。

呆然と立ち尽くしたラルの思考を現実に引き戻したのは、甲高い仲間の声だ。

『ラル!』

まだ戦いは終わっていない。敵はパラディンの父親だけでなく、パーティごと全滅させようとしていた。

崩れ落ちた父親の亡骸を跨いだ敵の男が、血の付いた剣を振り上げてラルに迫る。

無敵だと思っていた最強のパラディンである父親が死んだ──その現実が脳みそに叩き付けられて、ラルの手中にあった剣が地面に滑り落ちた。

恐怖に憑りつかれ、もう自分もここで死ぬんだと覚悟したその時、ラルの視界を華奢な背中が塞ぐ。パーティの中では地味な存在だった彼が、最初に飛び出して敵を取ったのだ。

「俺はいつも助けられてばかりだな」

「チュウ!」

ハロンに剣を向けながら過去に耽っていると、チュウ助が頭の上で尖った声を上げた。何だか怒られているような感じだ。

「ごめん。油断する相手じゃないよな」

湊は改めて高い位置にあるハロンの顔を仰ぎ見る。

ハロンがこっちの世界に出てから数時間経って、ようやくその姿を拝むことができた。

「やっとここに来れたな」

気分が良かった。過去で戦った時は、自分の非力さを呪いたくなる程の負けっぷりだったが、今は違う。一撃一撃に小さいながらも手応えを感じた。

ハロンは相変わらずデカい。敵を相手に戦っているというより、壁でも壊している気分だ。

けれどこのハロンは多分、皆が恐れる程強くはない。

ビル程に大きな姿に委縮しなければ、あとはダメージを受けないように注意して攻撃を仕掛けていくだけだ。

強くもなければ速くもない。だから智のように何時間も戦うことは可能だ。

けれど、倒せなければ意味がない。

ヤツの強みは無駄にある体力と硬さだ。

ヤツが通れば道ができる。人が雪を踏みつけるように、木でも建物でも一瞬で崩れるのだ。

だから共存はできない。倒さねばならないのだ。

離れた位置でロッドを握り締める芙美は、攻撃の様子を見せない。彼女が回復もままならないまま再び戦場に戻ったのは、仲間を応援するわけでも見守るためでもないのは分かっている。

彼女は、戦うつもりでそこにいるのだ。

彼女が『出
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